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東京高等裁判所 昭和57年(う)1329号 判決 1982年10月28日

被告人 根津藤夫

大一三・一一・一三生 無職

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検察官検事鈴木薫の提出した青梅区検察庁検察官事務取扱検事秋山眞三作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、弁護人植田八郎の提出した答弁書に記載されているとおりであるから、いずれもこれを引用する。

所論は、法令適用の誤りをいうものであつて、要するに、原判決は、罪となるべき事実として公訴事実のとおり二個の窃盗の事実を認定し、被告人を懲役一年に処したうえ、未決勾留日数三〇日を右刑に算入しているが、本件において適法に本刑に算入することのできる未決勾留日数は、原判示の窃盗の事実につき発せられた勾留状による勾留が執行された昭和五七年七月八日から原判決宣告の日の前日である同月二七日までの二〇日間に限られるというべきである。もつとも、被告人は、本件犯行について公訴を提起されるに先だち、不起訴となつた別件窃盗の余罪に基づいて同年六月二三日から同年七月八日までの一六日間勾留された事実はあるが、右勾留期間が実質上本件窃盗の事実の捜査に利用される結果になつたとしても、これを本件窃盗の罪の刑に算入することができないことは、最高裁判所の判例(最高裁昭和五〇年七月四日第三小法廷決定)の示すとおりであるから、原判決が前記二〇日を一〇日超過する三〇日を本件に算入したのは、刑法二一条の適用を誤つたものといわざるをえず、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで検討するのに、原審記録及び当審における事実取調の結果によると、被告人は、昭和五七年六月二〇日都下西多摩郡羽村町のスーパーでところてん一個(時価九三円相当)を万引したなどで現行犯人として逮捕され、同月二三日右窃盗の被疑事実で勾留のうえ取調を受けたものであるが、右取調に際し右万引のほかにも同月一日と一〇日に別の窃盗を犯している旨本件各窃盗を余罪として申立てたため、右勾留にかかる罪の処分を決めるためには右余罪について捜査を遂げる必要があるとして更に一〇日間の勾留期間の延長がなされ、その結果七月八日に右余罪中の六月一日の窃盗の犯行についてまず原審裁判所に本件の公訴が提起されると共に求令状がなされて、右起訴事実に関し新たに勾留状が発せられ即日執行される一方、従前の勾留の理由とされていた前記ところてん万引の犯行については不起訴処分がなされ、同勾留について即日釈放手続がとられるに至り、その後同年七月一五日に、更に残りの余罪である前記の六月一〇日の犯行にかかる窃盗についても追起訴がなされて、右二個の事実が併合審理されたうえ、同年七月二八日にこれら二個の窃盗の罪について被告人に対し懲役一年、未決勾留日数三〇日算入の有罪判決がされたことが認められる。これによれば、被告人については本件で有罪とされた事実に基づく原審の未決勾留日数は二〇日間であるとともに、これとは別に前記不起訴処分にかかる被疑事実に基づく未決勾留の日数が一六日間存在することが明らかである。従つて、原判決が未決勾留日数三〇日を本刑に算入することにしたのは、これら二個の勾留の日数を共に本刑に算入の許される本件の未決勾留日数と解したことが考えられる。しかしながら、刑法二一条によつて未決勾留日数を算入することが許される本刑とは、当該未決勾留の理由となつた事実について科せられる刑を指すものであることはその文理上明らかであるから、起訴されなかつた被疑事実について発せられた勾留状による拘禁がたとい起訴された罪の捜査取調に実質上利用されたとしても、その拘禁の日数を起訴され有罪となつた罪の本刑に算入することは法律上許されないものと解するのが相当であつて、本件において本刑に算入すべき原審の未決勾留日数は二〇日を超えることは許されないというべきである。もつとも、数個の事実が併合して審判され、そのうちの一個の事実だけで勾留が続けられていたとき、その勾留の理由となつた事実が無罪、免訴又は公訴棄却となつた場合に、残りの有罪事実の本刑に右未決勾留日数を算入することができることが例外として許容されているけれども、この場合には、右の未決勾留が他の有罪事実の審判のためにも利用されている関係にあることが審判手続が一個であるという事実自体から一義的に明確であるのに対し、起訴前の勾留にあつては、起訴された事件の記録自体からは、不起訴となつた余罪の有無、それにつき身柄拘束がなされていたか否か、なされていたとしてその期間はどれ程になるか右身柄拘束期間がいかなる被疑事実の取調のためにどのような割合いで利用されたかなどの点を通常知ることができず、右未決勾留日数のうちどれだけを起訴された事件の本刑に算入するのが具体的に妥当であるかなどについて判断するのが困難であるばかりでなく、このための審理を更に行うことになれば、被告人の迅速な裁判を受ける権利を害したり、勾留を更に長びかせたりすることになりかねず、起訴前の勾留が比較的短期間に限られることをも考え合わせて、この点の取扱いの差異による被告人の実際上の得失や、不起訴処分になつた余罪の勾留の利用関係について明らかにすることの実務上の困難を総合考察すれば、この場合についてまで、前示公訴提起後の勾留の場合におけると同一に解するのは相当でないというべきである。

してみると、本件において原判決が未決勾留日数として三〇日を本刑に算入したのは、刑法二一条の解釈適用を誤り本来本刑に算入しえる未決勾留日数を超える日数を算入した違法があり、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は結局破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において次のとおり判決をすることとする。

原判決が認定した事実に原判決が挙示する法令を適用し併合加重した刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数の二〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用については刑訴法一八一条一項但書によりこれを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決をする。

(裁判官 四ツ谷巖 神作良二 高橋省吾)

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